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なぜ日本と韓国は仲が悪いのか?

 

なぜ日本と韓国は仲が悪いのか?

 

いまさら聞けない日韓関係

 

 

 

テレビやネットニュースなどで、

 

「日本と韓国の仲が悪くなって、

最悪の状態になっている!」

 

ということが毎日のような叫ばれています。

 

もう、うんざりって感じですが、

 

ここで、ひとつ、ちゃんと、わかりやすく、

 

「なぜ日本と韓国は仲が悪いのか?」

 

を教えて欲しいという声がありましたので、

 

ここで、ちゃんと、

韓国のことを説明しておきますね。

 

 

 

情報はおもに、ウィキペディアで仕入れたものを整理してお届けしますが、

 

「それ、間違ってるぞ」

 

という意見があればコメント欄に書き込んでみてください。

 

 

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■日本は朝鮮半島を「植民地」にしたのか「開拓」したのか?

 

 

日本は日清戦争(1894年から1895年)で勝利し

下関条約によって戦争が終わります。

 

その条約には清国が日本へ賠償金を支払うことと、

遼東半島や台湾や澎湖列島を日本がいただくことになったのです。

 

 

当時、朝鮮半島は、

「李氏朝鮮」とか「李朝」とか「朝鮮王朝」と呼ばれる統一国家がありました。

 

この「朝鮮王朝」は、

清の支配下にあったのですが、

 

下関条約によって宗藩関係が解消されます。

 

つまり、日本が清国に勝ってくれたことで、

朝鮮王朝は独立するわけです。

 

 

宗藩関係というのは、

清国が上で、朝鮮王朝は下となる関係のことで、

 

朝鮮は清の属国だったわけです。

 

 

ところが、朝鮮はせっかく独立できても、

 

自力で鉄道を建てることもできなければ、

統一通貨を作ることもできませんでした。

 

 

英国のジョーダン(John N. Jordan)駐韓公使は、その後の朝鮮に対して、

こんな発言をしています。

 

「日清戦争後に独立した韓国の状況を見ていると、

韓国の政治家に統治能力がないため、

ここ 10 年の韓国は名目上の独立国に過ぎず、

このまま独立国として維持されるのは困難である」

 

そして、

韓国は日本に支配されることが韓国人自身のためにもなるという結論を

イギリス本国に報告します。

 

 

英国は、

第二次日英同盟で日本が韓国を保護国にすることが承認しました。

 

 

その後、

1904年から1905年の日露戦争で、

日本はかろうじて勝利をおさめます。

 

そのことで、ロシアは、朝鮮に対する日本の優越権を認め、

朝鮮半島から撤退します。

 

アメリカも朝鮮半島における日本の支配権を認めました。

 

 

そして、

 

1910年(明治43年)に、日韓併合が成立します。

 

8月22日に韓国併合条約は漢城(現:ソウル特別市)で寺内正毅統監と李完用首相により調印され、

29日に裁可公布により発効し、大日本帝国は大韓帝国を併合しました。

 

 

つまり、この年から1945年8月の日本の終戦までの35年間、

 

朝鮮半島は日本が統治していたのです。

 

 

その間に、日本は鉄道を敷き、学校や橋を建設し、

身分解放や土地政策、教育文化政策などもすすめていきます。

 

 

現在の韓国は、この35年間の日本が統治していた時代に、

 

 

「ひどいことをいっぱいしてきたので、

 

謝罪と賠償をよこせ」と言っているわけです。

 

 

ここは見解が異なる部分です。

 

韓国側は日本が欧米列強と同じように植民地支配したのだと主張します。

 

 

しかし、共に荒れ野を開拓したとも言えるわけです。

 

 

日韓併合は、ちゃんと条約をむすんで行ったことですから、

欧米列強のように武力で押さえつけた

植民地支配とは、まったく違うという歴史観を持つ人々もいます。

 

 

朝鮮王朝と日本は戦争もしてなければ、侵略もしていません。

 

条約をもって

 

「併合していいですか?」

 

「いいですよ」

 

という取り決めで行ったのです。

 

そう、主張する人もいます。

 

 

歴史はどちらが正しいということはありません。

 

勝者が正義になってしまうのです。

 

 

 

 

■建国神話に利用された日本

 

 

1945年に太平洋戦争に日本が負けて、

朝鮮半島から撤退します。

 

そのとき、ソ連が朝鮮半島に南下してきたので、

 

アメリカは、

 

「これは大変だ!」と、

 

急遽、朝鮮半島に侵出しました。

 

 

そして、北緯38度線のところまでソ連を押し上げます。

 

これが朝鮮戦争です。

 

その後、休戦し、

 

38度線の北側がソ連、南側がアメリカが

それぞれ占領することになりました。

 

 

1948年に北は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、

南は大韓民国(韓国)を、

 

それぞれソ連とアメリカの後ろ盾で建国しました。

 

これにより、朝鮮半島は分割されてしまいます。

 

これが現代まで続いている状況です。

 

北朝鮮の初代の最高指導者は

朝鮮労働党総書記の金日成(キムイルソン)。

 

生まれたときの名前は、

 

金 成柱(キム・ソンジュ)

 

中国の学校で学び中国共産党に入った人物です。

 

 

日本が朝鮮半島を統治していたとき、

 

抗日パルチザン活動をしていたのですが、

日本軍に壊滅状態にされソ連へと逃れます。

 

 

終戦後、日本が朝鮮半島から撤退したときに、

ソ連は、この金日成(キムイルソン)と名乗る金成柱(キム・ソンジュ)を

権力者の地位にすえるわけです。

 

 

当時、北朝鮮には、金日成伝説がありました。

 

日本と戦って連戦連勝をおさめたスゴイ人物がいるという噂です。

 

この噂に乗って

 

「あの金日成というのは、実は俺なんだよ」

 

と言ってあらわれたわけです。

 

 

一方、

韓国の初代大統領は李承晩(り しょうばん、イ・スンマン)。

 

李承晩はアメリカのキリスト教系の学校で学び、

プロテスタントに入信しています。

 

ワシントン大学やハーバード大学でも学んでいる優秀な人物ですから、

アメリカは、

 

「この男ならアメリカの言いなりの政府ができるだろう」ということで、

 

大統領にすえたわけです。

 

 

つまり、北朝鮮も、韓国も、自分の力で国を作ったわけではありません。

日本がいなくなった朝鮮半島に、

 

ソ連とアメリカが作った国なわけです。

 

ですから、彼らには、建国神話がありません。

 

 

日本には古事記や日本書紀があり、

多くの神々が日本を作ったという歴史があります。

 

日本は神の国だという誇りと自信があります。

 

アメリカには自由を求めてイギリスと戦って勝利し独立したんだ、

 

アメリカは「自由の国」だという自負があります。

 

 

 

こうした建国神話が国民に勇気と誇りを与えますので、

とっても大事なことです。

 

 

そこで、北朝鮮は、金日成伝説を利用します。

 

日本と戦った英雄伝説です。

 

韓国は、「3・1運動」を利用します。

 

 

「3・1運動」というのは、

1919年(大正8年)3月1日に起きた日本からの独立運動のことです。

 

 

どれくらいの規模だったのかは不明ですが、

 

ウィッキペディアではこうあります。

 

3月から5月にかけて集計すると、デモ回数は1542回、延べ参加人数は205万人に上る。

そしてデモの回数・参加人数が多かったのは京畿道や慶尚南道、黄海道、平安北道などの地域であった。

 

地方都市でデモを行う場合、人が集まる「市日」(定期市が立つ日)が選ばれ、

通常より多くの動員ができるよう工夫された。

 

 

この運動は、すぐに取り押さえられ鎮火します。

 

実際のところ、どれくらいの規模の運動だったのか、

真実はわかりません。

 

韓国では、この独立運動を建国神話にして、

 

「我々は日本軍と勇敢に戦ったのだ!」としているわけです。

 

 

3月1日は祝日になっていて毎年盛大に式典が行われます。

 

 

 

北朝鮮も韓国も、

 

「私たちは日本と戦った」という歴史が建国神話になっているのです。

 

 

だから、「日本は敵だ」と言い続けるのです。

 

  

 

 

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■まとめ

 

「日本は敵だ」と言うためには、

 

日本が極悪非道なイメージを作り上げなければいけません。

 

そこで、日本軍を悪役にした映画が作られたりしました。

 

そんな映画や教育を受けて育った少年少女たちは、

日本人って、ひどい奴らだと思うわけです。

 

残念なことです。